準硬のエースが目指す未来


多くの大学3年生にとってこの時期に気を悩ませるのが就職活動だ。部活動を行う学生アスリートも例外ではなく、多くの選手が大学を卒業と同時に競技を引退する。立命館大学準硬式野球部でエースを務める酒井崇之(3年)もその一人だ。

酒井は2年春のリーグ戦で公式戦デビューを飾るといきなり敢闘賞を獲得。新チームとなった秋からはエースの座を掴み、リーグ優勝に貢献すると、最高殊勲選手の栄誉に輝いた。3年生になっても順調に活躍をつづけ、今年度の全日本表彰選手にも選ばれた。

準硬式野球界でも指折りの投手に成長した酒井が次に目指す道はアナウンサーだ。アナウンサーを志したきっかけは高校3年生の時に新聞で自身が取り上げられたことだった。酒井の記事が世に出たことで家族や親戚は大騒ぎし、友人からは「感動した。勇気をもらった」という内容のメールが届いたという。その時に自分でも人を前向きにさせることができたことに対してに衝撃を感じ、将来は自分が取材して人々を前向きにできる仕事がしたいと決心したという。

高校3年時に取り上げられた記事

高校3年時に取り上げられた新聞記事

記事が出た頃は新聞記者を目指していたが、出身校の春日丘高野球部の先輩である平松翔馬さんが読売テレビのアナウンサーになったことでアナウンサーという職業にも興味を持った。新聞記者かアナウンサーになるか考えた時に自身が野球で培ったプレー、態度、表情などを表現する力を活かせるのはどちらかを考えた時にアナウンサーの方が向いていると感じ、大学2年生の冬からアナウンサーの道を志した。

酒井がアナウンサーの言葉で印象に残っている言葉があるという。それは2012年の第94回全国高等学校野球選手権大会で大阪桐蔭対光星学院(現八戸学院光星)が戦った決勝戦で8回に伊藤裕貴投手(現・青森中央学院大)が登板した時に清水次郎さん(当時ABCアナ)が「甲子園で投げるという夢が叶った球児がここにもいます」という実況したことだった。当時の光星学院は田村龍弘(現・千葉ロッテ)、北條史也(現・阪神)というプロ注目選手がいて 投手陣には金沢湧紀(現・三菱重工広島)、城間竜兵(現・東北福祉大)という絶対的二枚看板に隠れて伊藤はこの試合が甲子園初登板だった。しかし、伊藤のようにこれまでは陰に隠れていた選手にもスポットライトを当てられる実況をしたことに酒井は感動し、自分も頑張っている人の良さを伝えられるようになりたいと強く思ったのだという。

現在は進路をアナウンサー一本に絞っている。「アナウンサーは憧れではなく、自分の人生を凝縮したものであり、ならなければいけない」と決意は固い。狭き門ではあるが、彼の強い意志なら必ずやアナウンサーの道が開けてくるだろう。

そして酒井にとって野球人生の集大成で目指すのは悲願の日本一。全日本大学選手権では3年連続で盟主・中大に敗れている。入学してから同じ相手に負け続けているだけにリベンジに燃える気持ちは強い。そしてその先に目指すのは日本代表だ。全日本表彰選手に選ばれたことで来年の代表入りが現実味を帯びている。「侍ジャパンのユニフォームを着るチャンスは二度とない」と意欲は十分。野球人生の最後を華々しく飾ってくれることだろう。

マウンドで躍動する酒井

マウンドで躍動する酒井

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