応援でスポーツを強くしよう


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―応援って

私は、このことについてずっと考えていた。 辞書を引いてみる。「競技・試合などで、声援や拍手を送って選手やチームを励ますこと。」と辞書に書いてあった。(デジタル大辞泉より)この意味に一つ「励まし、選手たちの力になること」と書き加えてもいいのかなと思った。なぜ、このことを考えていたかというと、大学で大学スポーツの応援ツアーの開催を行っているが、とにかく人が集まらない。無料でも、某プロ野球選手のサイン色紙をプレゼントにしても(選手には許諾済み)人が集まらない。一つは大学スポーツの魅力が伝わっていないからでもあると思う。だが、それにしても人が集まらない。私は、そもそも応援というものを知らないから集まらないのではないかと思った。

応援するということは、アイデンティティを再確認することだ。と、多くの書籍で書いてあった。これは、実にそうであると感じる。私は、静岡県出身の京都在住。地元のサッカーチーム、清水エスパルスの大ファンである。関西で試合があるときは必ず、応援席に駆けつけるだが、行くといつも感じることがある。「やっぱり自分は静岡の血が流れているな」と。同じユニフォームを着て、地元のサッカーチームの地名が載った歌詞を叫ぶ。自分のアイデンティティを確認している。

―応援の種類

スポーツ、国、地域、文化によって応援にも様々なものがある。スポーツ。私は、多くのスポーツを観戦してきた。サッカー、バレー、バスケ、合氣道、アーチェリー、駅伝、野球、ソフトボール、ラクロス。スポーツでカテゴライズすると、応援していいスポーツと、してはいけないスポーツ。それは競技性の問題で、特に武道系は、「静」を表現したりするものもあるので、声を出し手の応援が難しい。

逆に、サッカー、野球などは応援が目立つ。今や、応援と共にスポーツをしているかもしれない。(言い過ぎかも)サッカーを例にみると、国によって応援スタイルが異なる。日本では、90分間ずっと立って、声をからして応援。これが当たり前。打楽器を中心にリズムを刻む。2010W杯が開催された南アフリカでは、ブブゼラが。ブラジルではサンバのリズム。国ごとに特色がある。

応援というのは、声を選手たちに届けるのが目的。そのため、変な話、観客数が少ないところでは大声で、「〇〇がんばれ!」と言えばいいのだが、数万に規模の会場になるとそうはいかない。そのため、リズムに乗せ、音楽に乗せ、応援歌というものが作られている。個人的に、海外サッカーの中継を見ているとよく耳にするのだが、ヨーロッパのサッカー応援は「動」「静」がはっきりとしている。静かなときは、かたずをのんで見守る。だから、シュートが外れると、「ああ~」とため息が聞こえるほどだ。(Jリーグではありえない)いつ応援するのか。それは味方がピンチ、もしくはチャンスの時である。その時に皆でチャント(唄)を歌う。イングランドプレミアリーグ、リヴァプールFCではYou’ll Never Walk Alone.という有名な歌がある。これの面白いのが、だれが指揮をするわけではなく、ピンチになると自然とサポーターが歌いだすのだ。選手にとっては、これ以上ない応援だろう。トルコリーグ、ガラタサライは「地獄へようこそ」と相手を威圧する。

野球は少し異質だと思う。サッカーではホームでは負けではいけない。という信念がある。2013年の日本のプロ野球、パリーグはホームでは229勝194敗、セリーグはホーム206勝21敗とホームが負け越している。プロ野球の場合、ホームだとビジターの応援がかき消されるということもなく、ホーム対ビジターの観客比がそこまで差があるわけでもないので、ホームとビジターの結果で差が出ないのかもしれない。また、応援は、攻撃中のチームのみが独占的に行うということをしている。ホーム、ビジダーの応援の雰囲気で勝敗が決まることは少ないのかもしれない。

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―今必要なものはサポーター

「『これからも応援よろしくお願いします』とは僕は絶対に言いません。応援していただけるような選手であるために、自分がやらなければならないことを続けていく、ということをお約束して、それをメッセージとさせていただいてもよろしいでしょうか。」メジャーリーガー、イチローは先日の会見でこういった。(コメント引用 2015年1月29日報道 スポーツナビ)コメントの最後、応援よろしくお願いします。と、選手らは口々にするが、少し違う気がする。試合観戦契約約款を見てみよう。

『1. 試合観戦契約は、試合観戦を希望する者が、正規入場券を取得したとき、本約款に基づき成立する。

2. 正規入場券を有する者は、正規入場券の定めに従い、本約款及び主催者が予め告知した条件に基づき、球場に入場し、指定された座席又は場所において試合を観戦することができる。』(条文引用 中日ドラゴンズ試合観戦約款より

「応援してくれよ!」Jリーグの浦和レッズの試合後に元日本代表槙野が言った言葉だ。(引用:日刊スポーツ2015年3月4日付)違和感を感じた人もいたのではないだろうか。

厳密に言うと、上記の約款から、お客さんはチケットを買い、入場する時点で契約成立。スタジアム内で応援しようが、試合を見なくても、法律違反ではないのだ。(たぶんそんな人はいないと思うが・・・)それを、応援してくれよ!と強制するのは間違っている。応援に行くのも自由だ。契約の観点からみると、マクドナルドでハンバーガーを購入しても、モスバーガーで購入しようと、お客さんの自由だ。それをうちの店で買えよ!と強制してはいけない。応援してくれよ!なんて、まるで、観客が入ることが当たり前、みたいな発言は慎むべきだった。そう、まずは、応援するチーム、選手にならないといけないのだ。

チームを愛するお客さんを表す言葉に、「サポーター」がある。そのために私はこの言葉が好きだ。ファンよりも熱い人をサポーターと呼ぶ。サポーターは選手、チームに近い存在なのだ。サポーターは時に家族のようにあたたかく包みこみ、時に、厳しく言って成長を促すのだ。それが、サポーターだ。

―駅伝応援の素晴らしさ

私は日本で真のサポーターがいると思う。それは、駅伝の沿道で応援している人たちだ。正直なところ、駅伝を沿道でなぜ応援するのか疑問だった。ゴール以外では選手たちが通過するのは一瞬であり、何よりもスポーツの醍醐味、勝敗がわからない。しかも、特定のチームや選手だけではなく、1位から最下位まで全てのチームを応援する。駅伝応援も含めて駅伝競技なのかもしれない。沿道の応援が競技を作っている。雰囲気を作っている。そんな応援のスタイルが多くのスポーツに広まってほしい。

一緒に戦い、声援をのど嗄れるまで―。すべては、選手、チームのために。そして、その期待に応える選手。もっと、日本のスポーツが強くなるだろう。

 

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