RUGBY-JER

ラグビー、スポーツネタを草の根レベルから発信していきます。

RUGBY-JER プロフィール

親父が昔、高校の陸上部顧問をし、毎年自宅で合宿をしていた時期があった。家族総出で手伝い、当時小学生だった私は、ささやかながら水くみの手伝いをし、練習で疲れたお兄ちゃん達に遊んでもらった記憶が今でも脳裏に焼き付いている。残念ながら、過酷な陸上の世界にはあこがれず、ラグビーの世界、精神性に触発されてしまったのが、運のツキ(尽き、付き?)であった。
小学校当時、フットボールの最中、急にボールを持ち出して走り出したという、エリス少年物語を授業で習い、その授業が終了するとボールを持ち出しドッチボール隆盛時代、誰一人ボールを蹴ることなどない校庭で、たった4人でボールを蹴り出した。またたくまに、サッカーブームが起こり、しばらく、ドッチボールとサッカーが混在する危険な校庭へと変質した。
その頃、親父の高校が全国ラグビー大会へ出場し、その応援に毎年連れて行ってもらった。当時の近鉄花園ラグビー場は、観衆もどろんこになるぐらいの悪路を進まなければならなかったが、グラウンドでの激しい肉弾戦でもっとどろんこになっているお兄ちゃん達のひたむきなプレイは、少年の心を虜にした。
一番の印象に残っているのは、トライでも華麗なステップでもぐんぐん伸びるキックでもない。地面に転がっているボールを身をなげうって守ろうとするセービングというプレイが強く、今でもはっきりとそのシーンの残像だけが残っている。それが、ラグビーとの結びつきである。

大学卒業後、体育やラグビー、部活動への想いを持ち、一度は体育の教師になった。勉強したつもりであったが、あくまでも「つもり」でありあまりにも無知であることを思い知らされた。その頃、お亡くなりになった大西鉄之介氏の「闘争の倫理」という重厚な書籍に巡り会い、現場の体育というものに困惑もあり、大学院で再度学びなおすようになった。
当時、院生との議論では、「あぁ〜、また、哲学はいったで!」気むずかしさとめんどくささを揶揄されたが、恩師の「スポーツの本質を見つめた研究を」に勇気をもらい、スポーツとはなんぞや!人間とはなんぞや!と答えのでない世界へとしばらく没入した。

以後、某大学非常勤講師や某競技団体職員、某大学ラグビー部コーチを経て今は、介護職員となり高齢者の方々といっしょに運動プログラムを行い日々の生と闘いながら、日本発のラグビーアパレルブランドを立ち上げた。
体育で育った立場からは「体育を越えていけ!」と優れた体育学の知に更にイノベーションを起こす必要があると考えている。立ち位置は、元教師ということもあり文部省生まれの厚労省育ちである。そこからは、色々なものが見えてくる。スポーツや人にとっては、文科省と厚労省という区分けは、残念でならない。知の集積をはかり、人にとってよりよいものにしなければ、社会が立ち行かなくなると考えている。
セルバンテスが残したドン・キホーテにある、騎士道精神にほだされ、妄想の世界で活躍する遍歴の騎士物語のように、独自の世界観をRUGBY-JERブランドを通じてリアルに実現していきたいと考えている。「世界をきりひらけ」

獲得メダル メダルについて